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斎藤隆 荻伏牧場から予想家へ

斉藤隆。今や伝説の名馬となっているシンザン。同名のレースが開催されるぐらい日本競馬界への足跡は大きく、深く残っています。このシンザンを生んだ場所が荻伏にある牧場。そしてその荻伏牧場でかつて活躍し、数々の名馬を生み出した人物、それが今回紹介する斉藤隆氏です。

・シンザンを生んだ荻伏牧場で活躍。
・軽種馬育成協会を設立。その後も数々の理事を歴任。
・現在は競馬情報サイト「競馬セブン」で予想家として活躍。

現在の活動

現在斉藤氏は競馬情報サイト「競馬セブン」で予想家として活躍しているようです。生産者として、数々の理事や会長を歴任した経験を買われての抜擢でしょう。生産者側という面では陣営側・オーナーサイダー的な予想が展開されるのかなんて思ったりしています。

ちなみに以前紹介した元レーシングマネージャーの斉藤洋一氏とはもちろん別の人物です。彼もどちらかというと生産者側の人間ですが、斉藤洋一氏は実際に馬を走らせるためのアドバイスを送る立場だったので、より実績的な予想家といえるでしょう。

今回斉藤隆氏を取り上げた理由は、その人物の背景が興味深かったからです。競馬予想家としての経歴はまだ浅いと思いますが、これからの活躍に期待ができそうです。

・斎藤隆氏が所属する競馬セブン
斉藤隆
※画像をクリックするとサイトへジャンプします。

シンザンという名前を耳にしたら

「大外の外から抜いて行った!」
シンザンという名前を耳にしたらまず思い浮かぶのがこの実況ですね。

それは有馬記念でのできごとだったのですが、第4コーナー回ったところからシンザンを含む先頭集団が外に流れ始めたんですよね。それでなんか競馬というよりも闘牛みたいな感じになって観客席の目の前で競走馬が駆け抜ける格好になりました。

その集団の1番外にいたのがシンザンになります。シンザンはそこから馬力いっぱい駆け出して遂には劇的勝利を收めるという結末を迎えました。このレースは有馬記念を語る上で、いや競馬史を語る上で非常に重要なものでしょう。

・有馬記念でのシンザン(昭和40年12月26日)

荻伏牧場と斉藤隆

すいません。私がシンザンのファンなので、どうしてもその一部を紹介したいと思って勢い余ってしまいました。

そんなシンザンが今回紹介した斉藤隆氏の所属していた荻伏牧場出身だったとは分析するまでわかりませんでした。

以上のことから荻伏牧場はかなり歴史の古い牧場になります。今ではその名前では存在していないようなのですが、全盛期時代には年間100頭を超える馬を産み出しその栄華を誇ったようです。ちなみに創始者は斉藤氏の父・卯助氏だそうです。

ここまで遡ると、予想についてというより歴史を辿ることになりかねませんので、より詳しい情報が欲しい方はウィキペディアで「荻伏牧場」と検索してみてください。結構多めの情報が掲載されています。

予想家としての実力は未だわからない部分も多いので、これからも分析の方していきたいと思います。動きがあったら報告します。

今週の注目予想家

斉藤陽一氏

元トーセン系のレーシングマネージャーとして活躍。彼はレースのどこをみているのか

斉藤洋一の検証記事»

的中率の高い人物

斉藤洋一
トーセンの冠を持つ馬主の側近。新しいオーナーサイド予想。
橋本全弘
かつて「穴のハシゼン」と呼ばれたその予想は今も健在。
小宮城
オーナーサイダーの予想方法を確立した競馬予想家。執筆面でも活躍中。

払い戻しの高い人物

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